絶望する力

2017.10.18 Wednesday 09:53

(※表題は、姜尚中氏の『悩む力』をもじりました)

 

さすがに最近は少なくなったが、

私がこのブログで、悩み事や絶望している事などを書くと、

 

「大丈夫ですかぁ? 気持ちを切り替えて、元気出して下さいね〜💕」

 

・・的な、なぐさめの言葉を頂戴する事があって、正直「アホか」とげんなりする。

 

 

まったく「なぐさめ」になっていないどころか、

こういうコメントこそが私を「絶望」させるということがわからないのだろうか…😞と。

 

 

例えば、ものすごい孤独感にさいなまれている人に向かって、

 

「あなたは一人じゃない✨」と励ますのと、

 

「私もひとりぽっちだぁ〜〜!!」と叫ぶのとでは、

 

どっちがその人にとって、力になるのか・・

 

 

まぁ、ケースバイケースなのかもしれないけど、私の場合は断然後者。

 

「孤独だ」と言っている人に対して、「あなたは一人じゃない」と返すのは、その人の言ってる事を否定してることにならない?

 

「私もひとりだぁ〜!!」と叫ぶのは、共感してる訳だから、そこに連帯感が生まれ、孤独が和らぐと思うんだけど・・

 

 

野暮すぎるから書きたくないけども、私がこのブログで心がけてるのは、まさにそういう所なので、そこを理解せずに「なぐさめ」の言葉を送って来るあんたらは、野暮の骨頂だと言わせてもらうわ。

 

(※私が「あんた」呼ばわりする人は、私の「ともだち」なので、私のツンデレを理解してくれているという前提で書いてます。事情を良く知らない人は、ここでまたおせっかいな思考を働かせないようにと、釘を刺しときます! ひゃ〜😁)

 

 

 

私が「希望がない」とか「絶望してる」とか書いてる時は、絶望の先に何があるかを見極めようとしている時です。

 

 

昨日の『母を憎むあなたへ』という記事だって、そういう意図があって投稿してるんだけども・・

 

あれから伊沢先生のブログのコメント欄等を読んでいる内に、彼女らが「セカンドレイプ」に会っている状況がよく見えて来た。

 

これだけ勇気をふるって生々しい体験を綴っているのに、それでも尚、「気持ちをポジティブな方にもって行きましょう」的なコメントする人がいる・・・決して悪気はないのだろうし、かく言う私も同じような事を過去に数えきれない程していた自覚もあるので、自戒も込めてこれを書いているのだけれど、、、

 

 

あぁ〜〜、なんか、言葉を選びながら書いてるので、どーも、イカン。

 

言いたい事がメッチャ溜まってるんだけども、どうやって筋道立ててスッキリ説明しようかと考えてるもんだから、すらすら言葉が出て来ないんだわね。

 

例の如く、饒舌、支離滅裂を怖れずに、書きなぐってみるか・・

 

 

まぁ「セカンドレイプ」っていうのは、ちょっとキツすぎる表現かもしれないけど、(自分を含め)よかれと思って《なぐさめ》にかかる人って、要は、「悩む力」や「絶望する力」に欠けるから、すぐに「正解」や「調和」にすがりつきたくなるんじゃないか。

 

 

伊沢先生もコメント投稿者も書いていたけれど、こういう問題に対して、ヒーリング系、スピ系が往々にして無力なのは、その世界でプロとして仕事をしている人達が、安易な「予定調和」にもって行きたがるからなんじゃないか・・

 

(言い換えれば、クライアントと一緒に悩み続け、絶望し続ける根気や忍耐(=愛)がなく、すぐに「解決」したがる・・でも、そうしないでいられるのは、やはり、故河合隼雄先生のような「熟達者」だけだろう。)

 

 

以前友人が言っていたように、(スピ系人種は)「何かをすっとばして」いないか?

 

 

宇宙は究極《ひとつの光》なのかも知れないけど、せっかく人間に生まれたのだから、《ひとつ》から切り離された状態をあれこれ味わう楽しみがあったっていいじゃないか。

 

 

私が手術入院した時に「Experience!(経験を楽しめ)」と笑顔で突き放した異次元の分身たち、

 

母をめぐる葛藤に耐えきれずに父のお墓に行った時、何の声も聞こえなかったが、最後に頭に浮かんだ「一通りのこと(をやれば終わる)」というフレーズ、、

 

 

そのいずれもが、地上で、人間として、泥臭く、一つずつ、コツコツ死ぬまでやり続ける事の尊さを訴えていた。

(そう、彼らはもうこの世にいないから、どんなに望んでも、これを体験できないのだ)

 

 

 

話は飛ぶが、最近私は武術に関して「宗旨替え」をせざるをえない状況になっていた。

 

今までお世話になっていた門派・師匠にお別れを告げなければならない流れになり、「強制終了」になったのだ。

 

 

そして、教える事も辞めた。これに関しては、大いなる挫折と思っている。

 

学問に王道はないと言われるが、学びの最大の近道は教える事だとも言われる。

 

確かに、教えるようになって、自分の稽古に対する姿勢は大きく変わり、レベルアップに繋がったのは事実だが(師匠は「立場が人を作る」と言って、力不足の私にその機会を与えてくださった)、でも、その分「悩み」がどっと増えた。

 

それでなくても謎だらけの中国武術・・自分がよくわかっていないのに、これをどうやって教える?

 

学校教育やトレーニングメソッド的なものに慣れきっている自分も生徒さんも、考え方を根本から変えなければならないが、それには時間がかかる・・気が遠くなるような忍耐力を持ち続けられる人間は、やはりほんの一握りだ。

 

どの世界でも、本物のプロになれるのは、ほんの一握り。多分志望者の1%程度か・・

 

こうなると、当初の上手下手や才能はほとんど関係がない。

ぼんくらであっても辞めずに諦めずに続けられる人だけが生き残る。これがご縁というものであり、これこそが「才能」なのだろう。

 

 

・・と話は逸れたが、そしてまだ逸れたまま武術の話を続ける訳だけども、飲み込みが早く、それなりのセンスもあると自負していた私は、この道で、大きな壁にブチ当たり、しっかりバッチリ挫折し、今日に至っている。

 

もう、やめちまおうと何度も思ったよ。

そして、実を言えば今年とうとう「さよなら中国武術!」宣言をして、居合道に走ったりしたのだが、離れてみてようやく、自分がいかに中国武術が好きなのかに気づき、再び戻る事にした。

 

 

戻る事にはしたが、私が納得する本式の中国武術を習える場というのは、世界的にも数が限られている。

 

ましてや、「文化不毛の地」として名高い私の地元に、そういうものが育っているなんて望むべくもない。

 

けれど、この世界は、定期的にコツコツ積み重ねるのが肝心なのだから、地元に練習の場がないというのは、まったくもって困る・・

 

 

・・と、あれこれ迷い、試行錯誤した結果、ようやく、手応えのある門派を見つけた。

 

主催者である先生は、私よりもずっとお若い方だが、ブログ等を拝読していると、とても共感・尊敬できる。

 

「この人なら、私が悩んで来た事を、一緒に悩んでくれそうだ」と思わせてくれるところが、私にとっては大いなる「希望」なのだ。

 

 

そう、私は上から目線で「正解」を語る師などは求めていない。

 

求めているのは、一緒に、ずっと悩み続けてくれる先生(先に生きてる人・・先輩の意味に近い)だ。

 

 

 

 

さてさて、ずいぶん長い話になってしまったが、それやこれやで、私は「絶望」と向き合い続けることの大切さを、ここで訴えたかったのであります。

 

多くの「調和好き」の方々は、共感・同情してくれているようでいて、話がいよいよドロドロしてくると、そこで目がガラス玉のようになってゾンビ化し、それ以上の話はもう頭にも心にも入って行かなくなる。

 

パンドラの箱を開ける勇気も、チラッと開けて見えるものを正視する勇気もないから、箱自体が無かったふりをして、「ポジティブに〜✨」となる。

 

 

パンドラの箱を開けて、絶望を一通り見切ってこそ、最後に見えて来るものがあるんじゃないの?

 

 

先祖代々、綿々と連鎖して来たものを、自分の代で断ち切るつもりがあるなら、そこに向かわなくてどうする?

 

 

もう、ここまで支離滅裂にダラダラ書いちゃったから、ついでに書いちゃうけども(※キチガイ女のひとりごとなので、真に受けないように)、

 

「親を愛せない」という根源的なトラウマには、宇宙的な《仕掛け》があると私は思ってます。

 

それを解放するには、逆説的なようですが、《地球的で人間臭い取り組み》が有効・必須だとも思っているのです。

 

 

「すっとばさず」に、寄り添い、向き合おうではないですか。

 

 

人間、絶望できてナンボだろ!

 

 

 

 

 

 

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『母を憎むあなたへ』(リンク)

2017.10.17 Tuesday 10:54

脚本家の伊沢満先生の10月16日付けのブログ記事をご紹介・引用させていただきます。

 

とても重要かつ有用な記事と思いますので、

できれば、「母を憎むあなたへ 1」からお読みになることをお勧めします。

 

 

母を憎むあなたへ 4

 

 

このスレッドを必要な人がまだ、いらっしゃるようなので
新たにアップしておきます。

 

過去記事も添えておきます。私の文章より、そこに寄せられた
それぞれの体験や思いのほうが、参考になるかもしれません。
「非公開」とタイトル欄に入れてくだされば、私だけが
読んであなたの苦しみも悲しみも、受け止め少しでも共有させて
頂きます。

 

思いの丈を書くことで、いくらか開放があります。
親からの虐待は精神的なものを含めて、理屈では
判断できないものなので、理性で抑えず憎しみも悲しみも
そのまま、飾らずありのままお書きください。

 

親を憎むということは、体験のない人たちからは批判され裁かれ、セカンドレイプを

受けます。だから、滅多な人に打ち明けないほうがよいです。

 

そして、自分を責めないでくださいね。

 

あなたの親は、犯罪者なのです。

 

あなたは被害者です。

 

親から受けた仕打ちから、我が子虐待に走っている人も同じく。

 

まず自分を許してあげてください。

 

 

母を憎むあなたへ 1

 

母を憎むあなたへ 2

 

母を憎むあなたへ 3

 

 

 

 

伊沢先生の文章にも、投稿者のコメントにも出てきますが、

こういう問題に関して、不用意に人に打ち明けたり、生半可な「先生」に相談したりすると、

「気持ちはわかるが、親には無条件に『感謝』するべき」という“お説教”をいただくハメになり、

更なる自己呵責に陥りかねません。

 

光と《ひとつ》になり、《感謝》の気持ちで満たされれば

すべて解決すると断言される「先生」もいらっしゃいますが、

私はもっと泥臭い・人間臭い手順を踏んだやり方というか、

実際に起こった出来事、その時抱いた気持ちを、

それこそ《ありのままに》表現できる《安心・安全な場》が確保されるべきと、

かねがね思ってきました。

 

私もその「場」になりたいと思った事もありましたが、

伊沢先生とは違い、自分がその器に無い事を何度も思い知らされた・・

・・というか、まだ私自身が、この問題から完全に解放されていない、

自分自身を赦しきれていないのだろうと思います。

 

私の場合は、親から虐待を受けた経験はないし、

むしろ母親からはものすごく深い愛情を受けて育ったと思っています。

父親も、家族には無関心で冷血動物のように思っていたけれど、

彼が一種の発達障害であった事に気づいてからは、見方が180°変わったし、

それに、父が自宅で息を引き取った時に部屋を一杯に満たしたあの光、、

あれほど、ちっぽくて みみっちかった父が、

とてつもなく「大きい」存在であったことに気づかせてくれた、

あの光を体感してからというもの、

父の愛情を疑ったことはありません。

 

それでもやはり、何かのわだかまりがあるのです。

お見合い結婚で嫌々父と結婚した母。

愛してもいない男の子供を身籠って、それでも何とか、

精一杯愛情を注いで育てようとした母のやるせなさや心細さが、

やはり私の深層意識の記憶に残っているのでしょう。

 

 

この問題、本当に根が深いと思います。

親もその親もそのまた親も、何らかのゆがみ・ひずみを親から受け継ぎ、子供に押し付け、

その連鎖の果てに今がある・・

 

 

選挙で、政治や経済で、世の中が良くなるという考え方もあるでしょう。

 

でも、必死にお勉強して、必死で人脈を作って、一人でも多くの人と握手をして、

「こうすれば世の中が良くなる」と声高に訴えているあの方々は、

心から癒されているのだろうか・・

 

 

そんな事を思ってしまう、今朝の私でございました。

 

 

 

 

 

 

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Pessimism

2017.10.16 Monday 12:26

前回、「これからの人生が楽しみ」などと書いた直後から、何やらずっと《悲観モード》です。

 

身体の方も、元気と言えば元気だけど、夏頃からずっと胃腸の調子がイマイチで・・

 

でもまぁ、天候不順のせいばかりとは言えない《目に見えない環境変化》に適応するために、身体も色々とストレスを感じてるのだろうと思ってはいますが、、、

 

それにしても、心の方は、ノーベル文学賞を受賞されたカズオ・イシグロさんじゃないけども、

《もののあわれ》感がハンパないですわ。

 

どこを見ても、何をしても、何の希望も感じられないというか、

(選挙の報道なんか見ていると益々「希望」から遠ざかり…)

 

ものの《あわれ》って英語でどう表現するんだろうと思ってたら、イシグロ氏は”sadness"と仰ってましたね。

 

 

"sadness(哀しみ・悲しみ)"と言い切っちゃうと、英語圏の人からネガティブなものと捉えられてしまいそうだけど、そうでない感性が彼らの中にもあるって事なのでしょう。

 

《わびさび》とは程遠いメンタリティの米国西海岸で10年も暮らしてしまった私としては、ちょっと疑ってしまうけれど・・

 

 

 

あぁ、それにしても、この"pessimism(悲観)"は一体どこから来るのでしょう?

 

辞書で調べたら、

 

pes・si・mism 
-- n
1 悲観(論) (opp. optimism); 厭世(主義[観]), 最悪説, ペシミズム《1) この世は最悪であるとする考え 2) 究極的には悪が善を駆逐するとの考え》.


2 《古》 最悪の状態.


[株式会社研究社 リーダーズ英和辞典第2版]

 

・・なのだそうです。

 

 

「この世」が云々というより、今の私は「あの世」にすら希望を持てないんですが(笑)

 

 

 

 

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近況報告(…になってないメモ)

2017.10.06 Friday 10:50

50代になった時、もう人生下り坂・・と、えらく落ち込んだ。

 

身体も変わって来るし、色んな意味で人生の節目なんだろう。

 

 

それまでのイケイケドンドン上昇志向はもう続かないのだと気づき、

 

物も人も活動も断捨離して、人生を閉じる方向に切り替えた。

 

 

でも、今振り返れば、無理矢理《終活モード》に入ろうとしてたように思う。

 

「無理矢理」というところが、まだまだ若いんだろうね。

 

 

ということで、

 

「閉じて」「手放して」「諦める」下り坂の人生を必死で演じようとしている青二才の自分がようやく見えて来て、そろそろ還暦が意識される年齢になった今、何だか妙に元気になってきている。

 

ここから楽しくなってくるぞ・・という予感とでも言うか。

 

 

とは言え、世の中を見渡せば、この《現実世界》はもう崩壊の一途と言わざるを得ない様相なのだけれど、

 

それはそれとして、そして、この私自身も、明日はどうなるかわからない身という自覚もある上で、なんだか「楽しみ」なのだ。

 

 

この歳になって、次の世代に何かを残せるかも知れないという淡い期待を持てる事・・

 

これが、年老いて行く自分に、こんなにも《生きる張り合い》を与えてくれるものだとは、思ってもみなかった。

 

 

.............................

 

 

このブログの読者さんの中には、アラフィフの方々もいらっしゃると思いますが、

 

50代前半で「もう若くない」と悟るあの感じを抜け出ると、

また違う世界がありますよ・・みたいな事をお伝えしたくて、ちょっと書いちゃいました。

 

 

まぁ、70代、80代で、またそれぞれ別の心境の変化があったりするんでしょうが、

 

先の事を考えてもしょーがないと、

 

「取り越し苦労のプロ」とまで言われたこの私が思えている今日この頃でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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Fluted spheres(編集途上)

2017.09.28 Thursday 08:32

 

"Fluted"とは、「縦溝彫りの」という意味で、

球形のキャンドルに、V字の彫刻刀で削ったような縦縞が入っています。

 

 

最初にこのキャンドルの写真を見たとき、あまり*そそられる*感じはしなかったのですが、

試しに取り寄せてみたら、なかなか魅力があり、最近のお気に入りです。

 

 

灯すと、この縦彫りが、面白いギザギザ模様を醸し出します。

 

 

 

 

 

同系色でまとめてもきれいです。

「巴里のピンク(Paris Pink)」というネーミングがおしゃれ。

 

 

 

秋色ラインナップ

 

 

クリスマス系のアレンジも可愛いですね。

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白黒つけたい時って…

2017.08.26 Saturday 11:31

実は、自分の気持ちが定まってない時かも知れないな。

 

 

わからない、見えない、ゆれている・・そんな自分が耐えられなくて、

 

バッサリ決着をつけてしまいたくなる。

 

 

私は「こっち」と決めたのに、あなたは「あっち」に未練が一杯。

 

そんなどっちつかずの、潔さのかけらもない生き方なんて、まっぴらゴメンよ!

 

さようなら!!

 

 

と、気っ風よくお別れを告げたところで、それでスッキリするかと言えば・・??

 

 

 

白黒つけたがってる時は、揺れている時だと思う事にしよう。

 

 

肚が据わっていれば、大抵の事は、

 

「どっちでもいい」「大して変わらない」と思えるだろうし、

 

多少ゆらいでも、ブレない一点がある事が、自ずとわかる筈だから。

 

 

 

 

 

 

 

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皆既日食については…

2017.08.21 Monday 09:52

(期待されてるかも知れませんが…してないか…笑)特に何も語りませんよ。

 

 

だって、*かつてない大変化*については、

 

もう、わたしたち、

 

自分の心と身体で、十分に予行演習しちゃったじゃないですか。

(特にここ数週間のシュールな日々の中で…おてんき冷や汗ときめきあめかみなりかみなり台風

 

 

これから起こるのは、その残像みたいなもんです。

 

 

 

Let us enjoy witnessing how the afterimage unfolds.

 

 

 

 

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The liar within

2017.08.14 Monday 09:26

 

人の心は嘘をつく

 

私の心も嘘をつく

 

 

その嘘に気づけるか

 

 

 

その嘘に気づきたい

 

 

気づきたい

 

気づきたい

 

 

怖いけど 気づきたい

 

 

 

気づきたいと思えるか?

 

気づきたいと祈れるか?

 

 

 

そこを私は問うている

 

 

 

目を逸らすのはどっちかな?

 

 

 

 

 

 

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痛い程の…

2017.07.28 Friday 12:06

前回、「私の周囲でも精神のバランスを崩す人が増えている」と書いたが、

そういう人とうっかり接触してしまうと、エンパス体質な自分は、後でそれなりに大変な事になる。

 

そうならないように、自宅で自分のペースでやれる仕事を選び、業務連絡はすべてメールにした。

だから、我が家の固定電話が鳴る事は、ほとんどない。

スマホも必要に迫られて入手したが、基本は不携帯を貫いている。

 

しかし・・

 

偶には社会と触れ合うのも大事と思い、自治会の役員(順番制だから定期的に回って来る)を引き受けた。

 

人間同士の折衝に関わると疲弊するのは目に見えていたので、書類作り等、一人でもできる作業を進んで買って出たのだが・・

 

高齢化が進む自治会で、幹部役員が一人倒れ、二人倒れ、、

その穴埋めをめぐって、我が家の固定電話が久しぶりに鳴るようになった。

 

電話が鳴るようになってようやく、今までの生活がどんなに「静か」だったかに気づいた。

 

思えば、この「静かさ」を確保する為に、この暮らしを作り込んで来たんだもんなぁ・・

 

 

 

それにしても、ここ数ヶ月の異様な空気の中を朦朧と漂う内、

私の中で何かが大きく変わり、そして、何かが外に出たがっている。

 

痛い程の内圧だ。

 

 

私は誰なのか、どういう人間なのか・・

それが知りたくて、いわゆるスピリチャル系の鑑定を何度か受けた事があるが、

数霊術師のChristine DeLoreyさんが書いてくれた私の「Personal Profile」を読んだとき、

これほどまでに、自分の事を細かく理解してもらえたのは、はじめて、と思った。

 

当たっているという言い方は、ちょっと違うのだろうが、

生年月日と、姓名(旧姓を含む)を数字に変換したものから、なぜ、ここまで正確に読み取れるのか?

 

数字だけで、私という人間がわかってしまうということは、

私がいくら努力したところで、基本的な性格・性質は、変わりようがなかったのだとも言える。

 

 

 

Your skin is too thin.(面の皮が薄すぎる)
 

 

という指摘が、私の数霊プロフィールの中で何度も繰り返されていた。

 

 

ってことは、エンパス体質なのは、ある意味、どうしようもないってことじゃん。

 

しかも、喜怒哀楽の感じ方が、「普通の人より何十倍も強い」と言うのだから、

接触した人の気持ちに全身で感応してしまい、それを何日もひきずってしまう事があるのも、仕方のない話なのだろう。

 

 

些細な事で激しく一喜一憂するのは、私の生まれつきの生態(?)なのだし、でも、

その姿を他人に見られれば、「もっとテキトーに流せばいいじゃない」的なアドバイスを頂戴する事になり、

それは正直ウザいので、電話も鳴らないような生活の中で、ひっそりとそれを楽しんでいるのだ。

 

 

そう、喜怒哀楽が激しいってことは、苦しみや哀しみを感じ易いけど、

喜びや楽しさも、人より何十倍も感じられるって事なんだから・・

 

 

そして、そんな私が、今、「痛い程」の何かを感じている。

 

怒りではない。 哀しみでもない。

 

では、何なのだろう?

 

 

場当たり的な噴出ではなく、こわさないように大切に扱いながら、外に出してあげたい。

 

 

 

そんな気持ちが高まっている、今日この頃でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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狂っているのは?

2017.07.21 Friday 11:32

マスコミの報道を見ても、私の身近でも、最近、精神のバランスを崩している人が多い。

 

元々メンタル系の症状をかかえつつも、それなりに安定していたのが、ここに来て、また急に悪化(?)と言うか・・

 

 

まぁ、この社会自体が、色々な意味で限界・終末期を迎えており、社会的に今まで正常とされて来た事が、ほんとうに「正常」なのか、待ったなしで問われる時代になったのかも知れない。

 

 

“狂って”いるのは、どっち?

 

 

それで思い出したけど、

以前、3.11の直後に、「○○○を浴びに行きたい」と書いて、基地外指定されたことがあったっけ。

 

 

せっかく指定していただいたので、そのノリで書かせていただくと、最近その脅威が騒がれているありヒアリありありあり

 

当初は私も「こういう危険で獰猛な外来生物が、日本で繁殖されちゃ困る…」と思ったけども、

実を言うと、一番最初の瞬間的な身体の反応は、

 

「刺されてみたい」 ・・だったのでした。

 

 

アナフィラキーショックとまでは行かなくても、刺されれば相当痛くて、数日間苦しむ事にはなるだろうけども、それでも、「刺されたら気持ち良さそう…(体質が変わるかも)」という思いは拭いきれず・・

 

 

私、英語を扱う仕事をしていながら、実はずっと前から「鎖国主義」だったりするんですけども、

 

でも、閉じっぱなしは、日本人にとっても良くないなと、この頃思い始めています。

 

 

横綱の白鵬関を見ていても思うんだけども、

ちょっと前までは日本人力士を応援していた私が、彼の姿を見てる内に、考えが変わって来たのでした。

(横綱自身も日本に帰化する事を決めたらしいので、何かふっきれるものがあったのか…)

 

もしかしたら彼は、安易に日本人に媚びない姿勢を貫く事で、日本人に何かを教えてくれようとしているのではないか?

 

「大和魂」は、日本人に生まれたからと言って、自動的に与えられるものじゃないですもんね。

 

 

時々は、外からガツンと食らわせてくれる存在が必要なのかも。

 

だから、ヒアリにもΣチクッΣと・・ って、それは違う??

 

 

 

 

 

 

 

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