…だったら書くな、とおっしゃりたいでしょうが、溜めとくと精神衛生に悪いので吐き出します。なので、読みたくない方はスルーしてください。
…って言っても、別にたいしたこと書く訳じゃないんですけどね。
“ひとりごと”だから、前後の脈略も引用元のリンクを貼る手間も端折って、ぶつぶつ言いますわ。
なんかね、この頃、空気が異様ですよ。
ここ何年かそういう傾向はあったけど、以前はまだ波というか、緩急・間断があって、時々一息つけたんだけど、この頃は、休みなくそういう状態なので、結構しんどいです。
特に、精神的にきついですよ。
私がこう書くと、更年期のホルモンバランスの乱れによるものだ、とか言われちゃいそうだけど、まー、それが100%ないとは言わないけども、それだけじゃないものが、色々ございますよ。
太陽活動やら宇宙的な諸々の変化で、地球の磁気圏とかそういうの(正確な用語はわかんない)が乱れてて、それが人間の精神に影響してるっていうか、一応フツーのふりをしている人も多いけれども、みなさんそれぞれ精神的にいっぱいいっぱいって感じですよね。
Tom Kenyonの4月1日付けのメッセージで、人間の集合意識というか、集合的“心”の中に、深い哀しみや絶望があるのが感じられるみたいなこと書いてあったけど、まさにそんなところですかねー。
物理的な大気汚染もあるでしょーけど、感情的な「毒素」でもかなり空気が汚染されてます。しかも、そういうのが、私らみたいな体質(?)の人間のところに、わんさかいらっしゃる訳ですよ。
最初は、自分が“うつ”になってるんじゃないか… おい、大丈夫か私? みたいに思う訳だけど、でも、よく見てみると、これ絶対、私のじゃないよー。
私のじゃない「感情」が、私の身体にべったり張り付いて来て、困ったもんです。
前にも書きましたが、人によってはシールド(結界)を張り巡らしたり、自らの波動を上げたりして、そういうのを撃退するらしいんですが、わたし的には、どーもそういうやり方がしっくり来ない。
で、しょーがないから、「How can I help you?」というか「何だんねん?」と、ちょいと無愛想に差し向けてみると、なんつーか、特に言いたい事はないって言やーないし、あるって言やーあるんだけど、要は、「色々あって悲しかった」と。
アタシにゃー複雑ないきさつはわかんないけども、まー、そりゃー大変でしたね、みたいな感じで相づちを打つと、それで満足するみたいで、割と素直にお立ち去りになったりするのでありました。あの衆ら、この後、どこ行くんでしょうね。
まー、そんなこんなで、こっちは何もしてないようでいて、けっこう精神的にクタクタだったりする訳ですよ。ただダラダラ、鬱々している私らの体たらくを見て、「食生活を正せ」とか「運動しましょう」とか、誠にごもっともなアドバイスいただくこともありますが、正論ばかり言われてもねぇ。。 「正しい」ことばっかで“世の中”動いてる訳じゃないし、あなたを「良い人」「正しい人」にしておくために、裏でやらなきゃいけないお仕事もあるんですけど、わかっちゃもらえんでしょーしねー。
昨日、Clif Highが、自身のWebsiteにまた新しい記事をアップしておりましたね。
最近の彼、色んな人と論戦してますねー。私みたいな人間からすると、不毛な感じするけどねぇ。今回の議論は、「フクシマの放射線被害」が主テーマでしたが、彼は以前から福島のメルトダウンで日本が住めなくなり、「疎開」とか「国外移住」が起こるみたいなこと言ってましたよね〜。私の個人的感覚とは大きくかけ離れているし、そういう発言でいたずらに東北の人たちを精神的に追いつめるのはいかがなもんだろうと、私などは思う訳ですが、彼に言わせると、「根拠に乏しい安全宣言をすることで、人々を危険にさらすのはもっと罪が重い」みたいなことらしいですよね。
彼は、とにかく「根拠」を「数値」で示せ、みたいなことを、論戦相手に迫っておりましたね。まー、いいよ。存分に議論を尽くしてください。この問題は、究極一人ひとりの「自己責任」だと思ってるんで。。
前回ご紹介した精神科医の稲福先生が、今度は「家の中のパワースポット」を教えてくださるとかで、またしてもミーハーのノリで応募しようかと思ったけど、家の見取り図を添付しなきゃいけないのが面倒で、二の足を踏んでます。
っていうか、以前から私にとってのパワースポットは自宅以外にないって思ってたし(ただ、鳳来寺山に行くっていうのは、偶には外で息抜きする必要があったという意味合いが大きかったと思う)、それに、もっとつきつめれば、家の外と家の中のパワースポットに加えて、「心の中」にもパワースポットがあると思っております。
それは、「場所」というよりは、心の「状態」というのに近いのかも知れず、それは、わたし的には「愛と感謝」とかいうのとはかなりニュアンスが違って、一番近い喩えがあるとすれば、
『心の深みへ』という記事で紹介した柳田邦男先生(&故河合隼雄先生)がおっしゃるところの「瞬間の真実」ってヤツかなぁ。
「瞬間の真実」って、きれいでもなんでもないものが多いんじゃないですかね。
誰かがもの凄く悲しんでて、涙は何回も流したけど、でも、一度もちゃんと泣いてないってこと、あるじゃないですか。
ちゃんと泣いてないよ。私ら。
泣かしてやれよ。一緒に泣こうよ。